文房四宝 その2「紙」のこと

書の出来映えを一番左右するのが紙だと皆さんおっしゃいます。今回は、この「紙」についてお話をいたしましょう。

 

池田櫻紙について

 

文字は亀の甲や獣骨などに刃刻される甲骨文字に始まり、筆を使うようになると木や竹(木簡)また帛(絹)などにも書かれました。しかしながら木簡は長文になると重く、また帛はとても高価であったため、民間に普及するには至りませんでした。そこで登場したのが紙です。紙の発明はとても画期的なことで、火薬、印刷、指南針とともに古代中国四大発明の一つになりました。

紙の歴史をみると、後漢の蔡倫という人が樹皮・麻などの植物繊維を使ってつくり、元興元年(105年)に和帝に献上したと言われています。日本に紙が伝わったのは、最古の記録としては「日本書紀」において、推古天皇18年(610年)に高句麗の僧 曇徴が来朝し、紙の技術を伝えたとあります。

我が国では6世紀中期には仏教が伝わったとされていますが、この紙を用いて写経が盛んになされました。聖徳太子が斑鳩の里で書いたという「法華義疏」や、天武天皇の「金剛場陀羅尼経」は、今でも紙に残されています。また後の文武天皇時代につくられた「大宝律令」には、50戸の紙戸が置かれたとありますので、この頃から紙は中国舶来品だけでなく、国内での製紙も盛んになっていったと思われます。

これまでの造紙の変還をみますと、中国の造紙は書画や書籍の紙として発展したのに対し、日本の造紙はそれらのためだけでなく、生活の中でも多く使用されました。ふすま・壁紙・鳥の子などがそうですね。特に、平安時代には詩歌が盛んでしたが、華やかで美しい加工紙(寸松庵色紙や継色紙)が多くでき、また「西本願寺本三十六歌仙歌集」などは、まさに紙の芸術品だと言えます。

ところで、現在私達が書を書くとき、「どんな紙がよいのでしょうか?」との質問をよく受けます。自分で書いて試してみるのが一番でしょうが、簡単に言うと漢字は画仙紙、仮名は料紙を使って書くといいです。「画仙紙」は、中国安微省で生産される青壇の樹皮を用いて作られた紙を源とし、それが日本でも評判がよかったので多く作成されるようになりましたが、今に至るまではっきりした定義がない中で、素材やサイズの違いなどから、以下のような紙が「画仙紙」と分類されています。例えば、

◎単箋(単宣)・・・一枚漉きで薄い
◎夾箋・・・単宣を合わせた二層紙、三層紙
◎玉版箋・・・単宣を厚くしたもので、表面を象牙や貝で磨いた滑沢なものもある
◎煮硾箋・・・トロロアオイの根汁をしみ込ませ、墨のにじみを止めた紙
◎錦紙・・・画仙紙の下級品と言われ、ややぱりっとしており、裂けやすい
◎白紙・・・素材の肌が密で滑らか
などです。また、一番唐紙、二番唐紙と呼ばれる紙は、福建省の竹を原料にした画仙紙です。

 

池田櫻紙について

 

一方、仮名用の造紙は蝋紙や彩紙、酒金紙(彩紙の上に金箔などを置いたもの)など美しいものがありますが、玉ねぎやコーヒーなどの手軽なもので染紙をつくり、それにドーサ液(ミョウバンと膠を混ぜたもの)を引いて作ることもできます。私も、料紙を作る際は色や紋様などを楽しみながら作ります。

また、練習などに使用する半紙は「かみきれ」のことで、延紙(鼻紙に用いた小形の杉原紙)を半分に切った大きさであったことから「半紙」と呼ばれたと言われますが、大体B4くらいの大きさの紙です。和紙や唐紙が主ですが、台湾製や韓国製のものもあります。これらの紙を保存するには、湿気のない風通しのよい所で、日光に当てず、長期保存のためには防虫剤を入れておくとよいでしょう。

 

池田櫻紙について

 

紙により線は大きく変わります。子供の頃、柔らかい白い紙に淡墨で線を交叉させると、線の重なりが筆順と一致しないという面白い現象を起こすのがとても不思議でした。また、ポタリと紙に落とした墨が、じわっと滲んでゆくのが面白くて遊んでいました。 いつまで経ってもその気持ちは変わらないようです・・・。