文房四宝 その4「硯」のこと

硯とは、石の滑らかなるものという意味です。昔の人は、石のたより、石の使い、石の湊、葉の海、心の湊などと呼びました。
又、硯の部分の名称も、墨をためておくところを海や池と呼び、墨をする所を丘(岡)、陸、墨堂などといい、墨が海に流れる斜面を落潮などと呼びます。硯のイメージにぴったりの呼び名だと思います。

 

池田櫻 硯

 

三千年の遠い昔、中国の人は固まった墨を磨盤で砕き使っていました。ある時、墨の固まりに水をつけて磨盤ですってみたら、粗いけれど墨はおりたのです。それ以来、先人たちは、吸水性がなくて表面のざらざらしたあらゆるものを硯として使いました。瓦、陶磁器、青銅など・・・。
現在硯の王様と言われる端渓硯(古生代の石約5億7千年~2億2千年昔の輝緑凝灰岩)は、唐の時代に出現しました。

硯はみな同じように見えますが、たくさんの種類があります。普通、産地や材質、形や模様によっていろいろに分類されています。例えば、端渓硯を例にとりますと、広東省高要県肇慶市付近から産出されました。古くこの地が端州と呼ばれており、傍らを流れる西江の沿岸の羚羊峡をはさんだ抗から採取したので、今も、端渓硯とか端州硯とか言われています。
また、硯抗の場所によっても、上巌・中巌・下巌と分かれ、上巌・中巌を山抗とか山巌といい、下巌は、河をせき止め、水を汲みだして採取するので水巌といいます。
他に抗の名前によっても分類されます。麻子坑・老抗・宣徳巌・朝天巌・小西洞・大西洞・水帰洞などはおなじみですね。他に歙州硯、松花江緑石硯、洮河緑石硯と地名が入っています。和硯では、那智、赤間、雨畑、高島、若田など、そうですね。
形や文様では、動物硯(亀・孔雀)、植物硯(竹・蕉)、文様硯(雲絞)、器形硯(扇子・古琴・巻物・本)、肖像硯や蘭亭硯など様々です。日本でも平城宮跡などから多くの硯が出てきていますが、日本独特の硯としては鳥形硯、宝珠硯があげられます。

ところで、硯にとって最も大切なのは「鋒芒」です。鋒芒とは、一口で言えば硯の目、硯の丘に細やかな紙ヤスリのようなものが林立していると想像してください。硯石は、推積岩に限られますが、ほとんどが粘板岩か輝緑凝灰岩です。その中には、石英などの粒が含まれていて、それが凸凹になって墨を削るのです。その凸凹の具合いが硯の命なのです。
石の硬度は、ダイヤモンドを10とすれば硯石は3~3.5がよいと言われています。

端渓や歙州硯が名硯とよばれるのも、歴史が古くて、色や文様が素敵で、触れたら赤ちゃんの肌のようにスベスベしているというだけでなく、その鋒鋩が優れているからです。
ただし、採石した時に理想通りの鋒鋩があるわけではなく、これも人の手により形成し鋒鋩を起こしていきます。鋒鋩を起こすためには、同系統の砥石で墨堂を「研」ぎ、完成させます。硯を「研」とも書きますが硯は研でケンマするのですね。

さて、硯の選び方は、鋒鋩・硬度・用途に合わせた大きさ・色・文様ということになりますが、私は実用硯なら彫刻のないザックリ切ったものが好きです。形はシンプルなものほどよいです。硯は使ったら、必ず洗わなければなりませんので、手入れしやすいのに限ります。
鋒鋩が磨滅してきたら1000番くらいの砥石か、耐水ペーパーで研ぐとよいでしょう。ちなみに、お教室に通う人達でこのような作業が必要になることは少ないように思います。

普段の喧騒から暫し離れ、ゆっくりと墨を磨る。広く滑らかな丘、そこからゆっくりと落潮を伝い、海へ落ちてゆく墨色の美しさ。その香とクールなまでの墨堂の感触。心まで研ぎ澄まされそうです。
そんなとき、思いもせぬ線が引けるのです。