文宝四宝 その3「墨」のこと

今年も除夜の鐘を聞きながら新しい墨をおろしました。
昨日から今日の何の変哲もないことですが、やはり年越しの夜は、一年の重みのせいかさまざまな事を思います。何かにけじめをつけ、新しいものへの仄かな希いなど思いつつ、静かにゆっくりと磨ってゆく墨は、墨気の言葉通り瑞々しく色鮮やかな墨色です。

新年は、墨の香で明けてゆく。長い間の決まりごとになっています。

 

池田櫻 墨

 

今年は知人からの頂き物、貴重な古墨を使いました。まわりを全て金で化粧した、舟型の三丁型の和墨です。予想以上に深く力強い墨色に、思わず老子の「道法自然」と書きました。

ところでこの不思議な魅力ある墨は、ずっと昔、火が使われ始めた頃、黒い煤で書いていたのが、あるとき、鳥や魚の煮汁と煤がくっついて黒い塊ができ、それで書いたら すぐに消えないことがわかり、これが墨の発生と云われています。
墨の原料は膠と煤。膠は煮皮と言われるくらいで、煮汁が接着剤の役目をしたのですね。

さて、墨の磨り方は書技の第一歩といわれていますが、特別なことはありません。

 

池田櫻墨の擦り方

 

墨をなるべく濡らさないように心がければよいのです。時々硯いっぱいに水を張って、ジャブジャブすくうようにして磨る人がいますが、墨はいったん水に濡れると膨潤し、乾いても元に戻りません。そのまま小さな亀裂が残りますので、これを何度も繰り返すと欠けてしまいます。きれいな硯の岡の上に少量の水を注ぎ、濃く磨って海に流し、また少量の水を入れて磨る、を繰り返すのが基本です。

とろとろになるまで濃く磨ったものを薄め、 好みに合わせて使うとよいでしょう。小さくなった墨どうしは墨汁を断面に塗るとくっつきます。そうすると無駄なく使えます。

冬場は解膠が遅いので墨の下りは遅くなるし、水温が低すぎても硯が冷えてもよい墨は下りません。しかし、室温の心配をしなくてもよい現在では問題はないようですね。墨は温度変化により膨張したり収縮したりします。使用後はきれいに拭いて、耐乾性に富む桐の箱などにしまうのがいいです。

墨は、黒色と思っている人も多いようですが、唐墨に和墨、色も黒、茶、青、など色々あり表現の幅を広げてくれます。線を引けるようになったら、墨のいろの不思議に迫るのもいいものですよ。